平和・安全保障研究所『コロナが生んだ米中「新冷戦」 変質する国際関係』

本について

タイトル:『コロナが生んだ米中「新冷戦」 変質する国際関係』

著者:一般財団法人平和・安全保障研究所(監修・西原正氏)

プロフィール:

  • 日本の平和と安全に関しての総合的なシンクタンク
  • 外務省や防衛省からの委託研究が行われている
  • http://www.rips.or.jp

内容

我が国の平和と安全に関し、総合的な調査研究と政策への提言を行っている平和・安全保障研究所が、総力を挙げて公刊する年次報告書。定評ある情勢認識と正確な情報分析。世界とアジアを理解し、各国の動向と思惑を読み解く最適の書。アジアの安全保障を本書が解き明かす!!


自由民主主義の危機と権威主義体制の台頭、南シナ海でうごめく中国、5Gと安全保障、中村哲医師のアフガニスタン地域開発事業、先の見えない日韓関係、進む中露連携、頓挫した米朝会談、交錯する一帯一路とインド太平洋など、アジア各国の国内情勢と国際関係をグローバルな視野から徹底的に分析。最近のアジア情勢を体系的に情報収集する研究者・専門家・ビジネスマン・学生必携の書!!

感想・理解

アジア情勢に興味がある者としてはこれ以上の本はない。教科書のような感覚で読み、幅広い地域や分野について学ぶことができた。おすすめ度としてはかなり上。

構成的には各分野のエキスパートが論文形式で書いている。最先端をいく方々による解説を読み、自分も知ったかのような気分になれる。

同時に、そこからもっと深く掘り下げたくなる、なんとも絶妙な内容の選び方だと思った。特定の地域・分野に興味がある方はまずここから基本を知り、研究したいテーマを見つけることもできそう。現に自分はこの本を機にミサイル防衛の理解を深めたいと思い、『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』という別の本を購入した。

本は2部構成となっており、第1部は「展望と焦点」という題名で、今後のアジア情勢のまとめセクションとなっている。専門家が見る今後のポイントが詰まっているのが第1部と言える。第2部は全9章で「アジアの安全保障環境」をより具体的に解説している。こちらは地域別に読むのもよし、すべての地域に関する理解を深めるのもよし。学生・研究者・専門家によって読み方が変わると思う。

肝心の内容だが、個人的には北朝鮮情勢に関しては一定の知識得ているので、あまり新しいことが書いてある印象はなかった。しかし、その他の地域に関して疎い自分にとっては最高の本となった。日本の安全保障情勢を考えるだけでなく、アジア全体を理解すると言う意味で素晴らしかった

ここからは面白いと思ったポイントを紹介。あまりネタバレはしたくないため、厳選させていただきました。

① 新型コロナと権威主義国家

第1部の焦点1は「自由民主主義の危機と権威主義体制の台頭」について。

民主主義が後退している。実際にデータを見ると民主国家が減っていることも挙げ、中国などの台頭を例に権威主義国家成長が著しいことがわかる。

コロナ対策についても、迅速な対応を取れる中国などは当初押さえ込みに成功したように見えた。それはトップダウンに政策判断を下せるからだと考えられる。しかし、中国を見ると、中央と地方自治体の上下関係により適切な報告がなされていないことがかえって初期対応の遅れにつながったとされている。つまり、危機管理に関して、必ずしも権威主義国家が早く・いい対応ができるというわけでもない。

テクノロジーの進歩なども民主主義を進めておらず、むしろ「不平等」という文句を権威主義者に与えている面がある。よりつながった社会だからこそ、不満を持つ者も現れ、それに漬け込む形で権威主義者が台頭する。民主主義の代表格とされるアメリカでもトランプ氏の勝利により権威主義化が見え隠れした。民主主義の判断力のなさ(遅さ)が批判されているように思える。

また、権威主義といっても強権で独裁的なだけではない。民主主義的な要素を取り入れながら権威主義を体現する国家が存在する。ロシアなどでは選挙は行われ、一定の民主主義が保たれているように思える。しかし、それらは見せかけと言え、少々の民主化で国民を納得させている節がある。

アメリカの感染者が日に日に増える中、存在感を増しているのが中国だ。アメリカは自らの対応に忙しい間に中国は「マスク外交」などを展開し世界での影響力拡大を図っている。これは日本にとっても脅威であり、注視し続ける必要がある問題だ。今後の民主主義国家の対応次第では世界情勢が変わりかねない。民主主義のさらなる後退は避けなければならない。

② 各国の異なる自由で開かれたインド太平洋(FOIP)解釈

「自由で開かれたインド太平洋」については第1部と2部で言及されている。この考え方については立場によって異なることがわかった。自分はFOIPは名だけ知っていて、今回初めて知ったことが多かった。

アメリカはFOIPを対中戦略と捉えている。中国がアジア全体に影響力を広げる中、アメリカとしてはそれを阻止するべく日本やASEANなどを巻き込んで一種の包囲網を形成したいと考えられる。「一帯一路」に対抗する意図もある。しかしこれはあくまでも安全保障を最優先に考えている。

アジアの友好国を集めれば中国の勢いを抑制できると考えるアメリカに対し、日本は対中戦略を念頭に置きながらバランスを保っている(独自路線を行っている印象)。名前も戦略から構想に変え、対中戦略ではないことを強調した(中国との協力も検討)。つまり日本はアメリカなどと経済協力をしながら、アジアが法と秩序で守られる構想を立てている。日本は経済と安全保障の両方を念頭に置きならがら進めており、必ずしも対中戦略としてFOIPを考えていない。日本はFOIPに対する興味(バランス感のある考えで)を様々な国にもたせたという点においては評価できるとわかった

その両国の間に置かれているのがASEAN諸国東南アジアの国々は中国を過度に刺激したくない上にアメリカと良好な関係を築きたいと考えている。あくまでも中立であり、実際に中国と軍事演習を行ったりする国もいる。ASEAN諸国にとってFOIPはあくまでもアジアが自由で開かれて平和であるための構想なので、アメリカ・日本の解釈に100%賛成ではない

ここでさらに挙げておくべき国々は島嶼国だ。島嶼国は規模こそ小さいが、軍事的な要衝としての役割を担うケースがある。そして近年、FOIPに対して消極的なASEANと同様、中国を過度に刺激することを嫌っている。何よりも平和を願うにも関わらず、アメリカや日本の構想に乗れば中国が経済支援などを打ち切り軍事挑発に乗り出す可能性があり、いいことがない。そう考え、アメリカの戦略に参加せず、むしろ中国寄りに切り替える島嶼国が増えている。

それは島嶼国のことを考えずに対中戦略としてFOIPを押し付けているからだと専門家は言う。島嶼国にとっては押し付けられた戦略によって中国の脅威が増すわけであり、守られるから大丈夫と言う考えはない。むしろ、島嶼国は独自性が強く一つの国に依存しない傾向がある。そのことを念頭に置き、戦略を押し付けることはしない方が得策だという。島嶼国は中国に経済支援を受けるからと言って反アメリカになるわけではない。従って幅広い国々から支持を得るにはまず対中戦略として売り出すのではなく、あくまでも平和と発展のために売り出すべきだという考えに行き着く

日本が今後FOIPを強く押し出すためにはアメリカの対中戦略としてのFOIPではないことをアピールし続ける必要がある。

③ 増大する中国の影響力

前述通り、中国は外交手段などを利用しコロナ下で影響力を増大させている。アメリカのトランプ大統領はそれを助けている形にもなっている。トランプ氏はアジア諸国との会談などを欠席し、アジアの重要性を理解していないように思える。中国が積極的に動くなか、アメリカは逆に日本や韓国といった同盟国などに米軍基地費の増額を要求している。信頼がなくなっていると言えばそうかもしれない。

加えてFOIPの押し売りなどもあり、中国の影響力が拡大しつつある。アメリカは軍事力に重視を置いているようだが、外交面でもう少し気を使う必要がありそうだ。中国はロシアとの軍事協力やASEAN諸国とも協力関係にある。そしてソロモン諸島などの島嶼国に目をつけている。島嶼国などは経済協力を持ちかけられて台湾などとの外交関係を断絶する段階にまで至っている。中国のやり方に不満があっても声を上げようとしない理由は①経済協力と②中国に対抗する側(アメリカやオーストラリアなど)にも問題があることが挙げられる。これらを阻止できなければ中国の利益は計り知れない。

軍事面で言えば去年失効したINF条約が重要なポイントとなっている。この条約はロシアの違反を理由にアメリカが破棄した経緯がある。Intermediate-range Nuclear Force (INF)の条約規制対象は射程500~5500kmのミサイルやランチャーであり、それらが今後自由に作れるのは問題だ。加えて中国が条約に参加していないため、この射程のミサイルを大量に保持していることが分かっている。これは日本にとってもアメリカにとっても脅威であり、今後交渉し減らし、最終的にはゼロにする方向で考えなければならない。

まとめ

こうしてみると今後も多くのことが米・中を中心に動きそうだ。中国は尖閣諸島沖での活動が活発になっており、日本にとっては中長期的な脅威となる。5Gなども利用し各国の情報を盗もうとしているという話もある。デジタル化が進めば進むほど脅威となろう。

コロナを利用し影響力を強める中国をどう止めるかはアメリカをはじめとする各国の動き次第で決まってくる。この本を読んで大国間だけでなく、小国も安全保障に関わる大事なピースであると改めて感じた。様々な問題を抱えるアジアについては包括的に考える必要がある。外交・軍事面の協力などを駆使し、バランスを保つことに集中しなければならない。

普段はあまり考えたことない国々の情勢について学べたことは大きかった。全ての出来事がつながっているように思えて、やっぱり安全保障って深いなーと感じた。同時に、日本が独自の立場を駆使してできることを考えさせられる内容だった。

写真:White House (CC PDM 1.0)

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