本について
タイトル:『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛〜INF条約後の安全保障』
著者(複数):
森本敏(もりもと さとし)
- 防衛大学校卒、防衛省・外務省
- 初代防衛大臣秘書官・第11代防衛大臣(民間人初)・防衛大臣政策参与を歴任
- 2016年より拓殖大学総長を務める
高橋杉雄(たかはし すぎお)
- 早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了・ジョージワシントン大学大学院修士課程修了
- 防衛研究所防衛政策研究室長
- 核抑止論、日本の防衛政策を中心に研究
戸崎洋史(とさき ひろふみ)
- 日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター主任研究員
- 九州学院大学客員教授・広島市立大学非常勤講師などを歴任
- 専門は核軍備管理・不拡散、核戦略・抑止論など安全保障問題
合六強(ごうろく つよし)
- 二松学舎大学国際政治経済学部専任講師
- 専門は米欧関係史、欧州安全保障
小泉悠(こいずみ ゆう)
- 早稲田大学社会科学部卒、早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了
- 東京大学先端科学技術研究センター特任助教
- 専門はロシアの軍事・安全保障政策
村野将(むらの まさし)
- 米・ハドソン研究所研究員
- 専門は日米の安全保障政策、核・ミサイル防衛政策、抑止論など
内容
1987年に米ソで合意されたINF条約により、地上発射型中距離ミサイルは欧州では廃棄されたが、アジア、中東ではむしろ拡散した。なかでも軍縮の枠組みに縛られない中国は核弾頭を含む中距離ミサイルを多数保有し、米中のミサイル・バランスは大きく崩れた。INF条約失効後、米国は新たな中距離ミサイルの開発に着手し、日本への配備もあり得る。中国をいかにして軍備管理の枠組みに組み入れるか? ポストINF時代の安全保障について戦略・軍事・軍縮の専門家が多面的に分析・検討する。
感想・理解
前回の書籍紹介のパート2的な位置付け。今回はミサイル防衛という、筆者にとっては未知な領域についての本。6人の専門家による日本の安全保障政策に関する論文を掲載した内容となっている。まず驚いたのはお得感!2000円ほどかけたが、その分各専門家による論文を読み、さらには座談会まであってなかなか素晴らしかった。
ところどころ自分で調べなければいけないぐらい専門的なことが書かれているが、構成上1章の論文を読めば2章の理解が深まり、2章を読めば3章がわかるというような非常にありがたい構成となっていた。
まずINF条約について簡単にまとめると:
- 射程500~5500キロメートルの地上発射型ミサイルの開発・配備が禁止されている
- アメリカ・ロシア間の合意
- アメリカがロシア側の条約違反を理由に撤廃を求め、2019年に失効
- もう1つの理由としては中国が条約に加盟していないことが大きいとされている
- 中国は多数の短・中距離ミサイル(条約違反の)を所持している(2000基以上)
一言で言うと今まで規制がかかっていたミサイルがINF条約の失効により自由に製造・配備できるのだ。ちなみこの500~5500キロメートルの射程圏内には日本が入る。簡単なGoogle検索によれば、中国から日本への距離は約3000キロ。アメリカから中国までは約1万キロ以上ある。そう考えるとINF条約の失効はかなり大きな意味を持つ。
また、大国間の話をすればINF条約の失効により米ロ間の兵器を規制する条約はほとんどない(新スタート条約のみ=戦略兵器が対象)。つまり、軍拡競争に発展する可能性がある。想像してみたら恐ろしい世界。いわば無法地帯。
そもそもこの条約はどのようにして締結されたのか。
平たく言えばソ連がヨーロッパにSS-20という精度と攻撃力の高いミサイルを配備したのをきっかけに、アメリカがINF射程距離のミサイルを配備すると脅したのがきっかけ。アメリカは交渉がうまくいかなければミサイルを欧州に配備するとし、いわゆる「ダブルトラック」(配備vs交渉)というスタンスを取った。ゴルバチョフ書記長の政策転換などもあり、結果的に成功した。
この話で興味深いのは日本の役割。日本は極東に配備されたSS-20を警戒し(今と違い脅威は中国ではなくソ連)「グローバル・ゼロ」をアメリカに提案した。中曽根康弘総理とレーガン大統領の関係もあり、アメリカはグローバル・ゼロという要求を受け入れた。結果的に極東からミサイルを引かせることに成功した。
興味深い話はまだ続く。時を現在に戻すと、3カ国による核軍縮条約が理想であることがわかる。ただ、ロシアはそもそも条約違反をしているわけで(それもプーチン政権下、かなり早い段階から違反をしていたとか)中国も交渉に応じるつもりが全くない。どのように条約締結まで持っていくか。
ある専門家は中国に条約参加のメリットを見せる重要性、並びに圧倒的な火力と戦略的優位を持って交渉に引きずり出す必要があるかもしれないと述べている。つまり現状アメリカにできることは中国に遅れをとっている部分で追いつくこと(INFミサイル)。
ここで注目すべきは「セオリーオブビクトリー」。度々出てくる用語で、ようはどう政治的な勝利を得るか、その過程・戦略をさしている。アジアで最も可能性が高い米中対立は台湾有事と予想される。その場合中国のセオリーオブビクトリーは海・空での優位を早い段階で手に入れ、アメリカの介入を阻止した上で台湾に上陸すること。アメリカにとっては中国軍を倒すというよりかは台湾に中国陸軍が到達しないこと。6章に書かれているように、アメリカはあくまでも現状維持が目的であるがゆえに、中国のセオリーオブビクトリーを崩す必要がある。そのためにミサイルを使って中国軍の基地やミサイル発射に必要な機材などを破壊することが考えられる。あくまでもゴールが違う以上、戦略も変わるというのがポイントだろう。
最後に日本の役割について。最近敵基地攻撃能力が話題になっている。日米関係が強まり、アメリカがINF条約に縛られない以上、欧州のようにミサイル配備の白羽の矢が日本に立つ可能性がある。筆者たちは度々その政治的な困難さを指摘するが、同時に検討の余地があることを主張している。最も大事なのはコストだけでなく、現状の戦力では不可能な能力をミサイルが果たすかであると言う。要するに地上発射型ミサイルは本当に有意義な投資になるのかという問題だ。
名前の通り地上発射型は地上から放たれるので、大体大きなプラットホーム(ランチャー)が必要となる。そのため発見されやすくターゲットになる可能性が高い。日本は領土的にも多くの地上発射型を配備できないため、主な戦力を海や空に(特に海上)に配置してきた。ただ、海や空は運べるミサイルの数が少ないため地上型にも利点はある。
前述通り、ポイントはいかに地上型が作戦面でプラスになるかである。これからミサイル防衛についてのニュースを見る時注目すべきポイントとなろう。
まとめ
この本を読み筆者のミサイル防衛や抑止論などについての理解が深まった。確かに、難しい内容ではあったがそのためにも簡単な序章があるし、とても満足し読み終わった。さらに言えば、座談会が最も面白かったかもしれない。座談会では論文セクションであまり見れなかった専門家同士の議論が展開され、様々な見方があることがわかる。筆者は学生ながら少しばかり専門家の仲間入りをしたような気分になった。
専門家たちからの最大のメッセージは、日本が当事者であるということを忘れないことだと思われる。これからはこの問題について国民として、当事者として、向き合っていきたい。
写真:White House Photographic Office (Public Domain)